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当事者研究の理念と私たちの解釈

※理念は当事者研究ネットワークのサイトより抜粋

当事者研究とは、統合失調症などを持ちながら地域で暮らす当事者の生活経験から生まれた自助-自分を助け、励まし、活かす-のプログラムである。そこで大切にされていることは、当事者自身が生活していく中で出会うさまざまな「苦労の主人公」になることである。
 

ココロに何かしらの「苦労や生きづらさ」が在っても、それをキーワードに集まって生まれた「なかま達の絆」で結びつき、そして少しずつ「苦労を持ちつつも楽しいなかまの絆」に育っていく・・・

そこに集まる「なかま」は共感できる苦労をもった仲間であり、誰もが主人公で専門家、お互いに尊重し合うことで誰もが孤立することなく、心地よい空間を取り戻せると考えています。

 

当事者研究ではどんなに困難な状況にあっても、その場と自分や仲間の経験の中に、困難を解消する「知恵が眠っている」と考える。
 

「自分だけ」と思っていた生きづらさは、意外と周りも経験していることであったり、乗り越えた生きづらさでもあります。

参考にしたり、マネしたり・・・・そこから、それぞれのオリジナルの知恵が生まれると考えています。

 

当事者がかかえる様々な生きづらさ(見極めや対処が難しい圧迫や不快なできごと、症状や薬との付き合い方、家族・仲間・職場における人間関係、仕事上の苦労)や、固有の経験等を研究の素材にする。
 

「苦労や困難」を辛さで終わらせるのでは無く「未来への素材」と、することで新たな発見が生まれます。

それらを乗り越えて「新たな苦労や困難」が生まれても、それも「新たな素材」

困難〜研究〜乗り越え〜新たな困難・・・・研究は永遠に続くのです。

 

当事者自身が仲間と共に、関係者や家族と連携しながら、常識にとらわれずに「研究する」という視点に立ってワイワイガヤガヤと語り合い、時には、図(絵)や、アクションを用いて出来事や苦労のおきるパターンやしくみ、かかえる苦労や困難の背後にある意味や可能性を見出すことを重視する。
 

研究は、一人でも、大勢でも行うことが出来ます。

「研究」といっても難しいことでは無く、「やってみよう!」の代名詞であり、仲間が集まれば、進行役、板書役、絵描き役、語り役、聞き役・・・それぞれが、それぞれの役割でワイワイ行う。

常識や非常識のカキネなんて無い、自由な発想の場所です。

 

前向きな(自律的な)試行錯誤を重ねる中で、即興的(偶然性)に生まれるユニークな理解やアイデアこそが“自分の助け方”の重要な発見につながると考える。そして、そこで見出されたユニークな理解や自分を助けるための手立てを現実の生活の中に活かすことや仲間と分かち合うことを大切にしている。
 

誰かのアイデアを「できるかな?」「マネしよう!」あるいは「やってみなよ」の自分や仲間の後押しで、一見あり得ない発想も、実は効果があったり・・・

私たちは、そんな仲間の発想を大切にしています。

 

単なる「問題解決」の方法ではなく、「問題」と思われている出来事に向き合う「態度」「とらえ方」「立ち位置」の変更や見極めを基本とし、問題が解決されないままでも、「解消」される可能性も視野に入れる。それは、自分自身の生きてきた経験と今を語る「言葉」を吟味し、育みながら、現実の生活場面の中に具体的な“振る舞い”と“つながり”を創造していく「言葉のプログラム」ということができる。
 

最初は苦労のらせん階段を下りていた人も、希望のらせん階段を上る方向へ向かって行きます。

聞き役に徹していた人も、共感役〜語り役に変わって話し上手になってしまう。 そんな不思議な効果を感じます。

 

当事者研究は、支援者自身にとっても必要で有効なプログラムである。
 

当事者研究の場には支援者も利用者もありません。

そこにあるのは「なかま」です。だからこそ、支援者と呼ばれる方も苦労や弱さの公開をするし、普段は利用者と呼ばれる人も相談相手になります。